2009年12月26日

久々に日記でも

なんかすっかり戦国書籍ブログ化してますねたらーっ(汗)
みんなmixiばっかりで、日記はほとんどそっちになっているので
ブログに書くネタがないんですよね。
引きこもってばっかりだし。笑

今日もネタらしいネタはないのですが久々にダラダラと…
先週友人のフットサルチームの忘年会に行ってきました。
ちなみに私はフットサルやらないし見に行った事もないのですが
チームのリーダが元職場の人で、なぜか呼ばれるので行ってます。笑

もつ鍋だったんですがとても美味しかったです。
もつ鍋って味噌味だけだと思ってたのですが、そこは醤油と味噌とあり
両方食べましたが醤油の方が美味しかったぴかぴか(新しい)

今年の夏頃から相方の休みが平日になったせいで、お休みが合いません。
去年は一緒に大掃除を12月頃から始めたのだけど今年は全然してないや…
一人だとついついやる気にならないんですよね〜
私も今年正社員からバイトに変わったので年末年始とか夏休みが
なくなってしまったので…休めるけど休んだ分だけ給料が減ってしまうたらーっ(汗)
というわけで今年はおせちも大掃除もなしだな。笑

大掃除と言えば今年いっきにPCのCドライブの空き容量が減りました。
原因はデジ一で撮った写真達です。DELLのPC使ってるんだけど
DELLのPCって買う時にパーティション分けてもらえるんだけど
どうせ使うのはネットぐらいだからとCドライブだけにしたんだよね。
Dドライブ作ってもらっておけば良かったと少し後悔。

色んなソフトを追加してゴチャゴチャしてるのでAdobeの古いバージョンを
削除したら、エラーが出始めるし。笑
今後の為に外付けHDD買って再インストールしたいところですが
再インストール用のCD探さなきゃ。どこいったんだろ。。。

というわけで失敗しまくりの写真達を削除・削除・削除。
まだ全部見終わってないけど大雑把に見て削除しただけで1000枚強。
10GB近く空き容量が増えましたw

まだまだだけど、見ていると最初の頃はホントに下手だなぁ〜
ちょっとだけ後半にいくにつれマシになっている気がしますグッド(上向き矢印)
先月のもてぎでピントが合わない現象が(私の腕とかいう問題でなく…)
出始めたので修理に出したいのだけど、いくらかかるんだろ。。。
posted by yu-ko at 15:46 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月23日

蒲生氏郷

今度は蒲生氏郷です。
これも読み返しなのですが、この本を読むまで蒲生氏郷の事を
よく知りませんでした。だいたい武将の名前は知ってるけど
よく知らない人ばかりなんですが。笑

織田家家臣、豊臣家家臣の方は結構読みますがあんまり
蒲生氏郷って出てこないんですよね。
あまり氏郷と関わってない人ばっかり読んでるからなのかな。

この本はなんか面白みに欠けます。
氏郷が信長の下に人質に出されるところから氏郷の死までが
描かれているのですが、なんだか日記風って言ったらいいのかな。
淡々と起こった出来事を書き連ねているような感じで
あまり感情移入できないからか、物足りないんですよね。

しかし内容を読むと信長の娘、冬姫を嫁にもらったり秀吉からも
日野六万石だったのが、松坂へ移封、会津へ移封され会津では
七十二万石、後の検地では約九十万石だった事から
会津百万石と言われるようになったんだとか。

元々六万石だったものが約百万石。
武勇優れ、政治面でも信長の楽市楽座を真似て商業が発展し
松坂へ移る時や会津へ移る時に商人がついてきたりと
政治面にも優れ、他の武将からの人望も厚かったようです。

それ故に40歳という若さで死んだ氏郷は病死という事になっていますが
毒殺説、暗殺説が当時流れたそうです。
会津への移封は伊達政宗、徳川家康への布石と言われているが
秀吉が氏郷を恐れ…なんて話もあります。

蒲生氏郷という武将を調べてみても、悪く書いてあるものは
あまり見かけないのでやはりとても優れた武将だったんでしょうね。
今回の本は私的にはハズレだったので、是非他の作家さんの書いた
蒲生氏郷を読んでみたいです。
posted by yu-ko at 22:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍・雑誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月17日

契約更改

たまには野球の話題でも。
ルイス退団にはビックリしました。家族の健康問題だとか。
入団した当初程ではないですが2桁だし、他に2桁は大竹だけ。
来年は来年で厳しくなりそうですね。ちょっと残念です。

西武の契約更改はだいぶ厳しいようですね。
去年ナベQが就任して優勝しちゃいましたからね…
今年はBクラスだったし。厳しいのも仕方ないかなぁと思うんですが。

涌井は「結局、順位は4位だった、と。そのことを言われた」と。
選手個人だけ良ければいいんですかね?
球団としては選手が一人だけ活躍しても勝たなければ、ね。
ファンだって選手個人の活躍も嬉しいけど結局勝たなければ嬉しくない。
チームが4位だったから当然の結果では?

と思いきや岸やおかわり君なんかは、結構上がったようですが。
涌井としてはその辺りが納得いかないのかね?
岸は球団3人目3年目1億突破だっけ?
成績だけ見れば涌井のが断然結果を残しているのに岸は3年目にして
1億突破、でも沢村賞とった俺は…というのもあるのかも。

今年推定3億3千万で契約更改したダルを意識してるとあったけど
成績だけ見れば涌井のが今年素晴らしいのは明らかだけど
あそこは優勝しているからやっぱりチーム成績の差なのかな…

個人的には今年だけ見れば3億3千万も出さなくてもいいじゃないかと。笑
それよりも横浜の村田とウッチーの契約更改あれでいいのかねぇ?
チームはダントツの最下位、村田も故障の影響で試合にほとんど出られず
ホームラン王も逃し、ウッチーも首位打者を逃し・・・

村田のホームラン数もウッチーの打率2位も立派な結果とは思うけど
タイトルもなし、チーム成績も振るわずなのに村田は現状維持。
ウッチーは推定6500万円増。

来年FAの二人を手放したくないからなんだろうけど。
そんな事しても出てく時は出てくんだろうなぁ。特に村田…
タグ:野球
posted by yu-ko at 18:49 | Comment(2) | TrackBack(0) | 野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月10日

黒田官兵衛

今回の官兵衛は読み始めてから凄いサクサク進みました。
ページ数は350ページぐらいだけど3日ぐらいですね。
最近は電車で本を読んでいると眠くなって寝落ちしてしまう事があるのですが
今回はそれもなかったせいなのか読みやすかったからなのか。

この本は官兵衛の小さい頃から高松城水攻めまでが描かれています。
小さい頃の官兵衛は本を読むのが好きな少年で、戦の話や
武将の話なんて興味ない、なんて人でしたが半ば無理やり?
父が仕えていた小寺政職の近習になります。

小寺政職に仕えてからめきめきと頭角を現しお気に入りに。
結構細かく書いてあったような気がしますが、やっぱり官兵衛と言えば
秀吉の軍師としての活躍ですね。"秀吉の両兵衛"と言われるだけあって。

やはり印象に残るのは有岡城での監禁生活に高松城攻めですね。
秀吉が毛利を攻めている時に援軍としてきた荒木村重は勝手に戦線離脱。
信長は村重を攻めようか迷い、官兵衛が使者として有岡城へ。

官兵衛は捕らえられてしまい監禁される。
その間牢獄から藤の花が見え「ここから無事に出られたら藤の花を
黒田家の家紋にしよう」それから、黒田家の家紋は藤の花になったそうです。
足に障害が残ったものの無事に有岡城落城と共に家臣の
栗山善助に救出された官兵衛。しばらく養生しまた秀吉の元へ。
そして三木城、高松城攻め、そして信長の死。
そこで終了していますができれば官兵衛のその後も書いてほしかったなぁ。

サクサク読み進められて、信長の死までで350ページじゃ最後まで
描いたら凄い長編になっちゃいそうですが。
でも最後まで描いて欲しかったです。
私はこの小説の中での官兵衛と半兵衛のやり取りがなんというか
微笑ましいというかなんだかほのぼのしているようで好きです。

なんというか面白いです。でも感想はちょっと書きづらい。
弁阿闍梨玄丈とかの家臣の忍者的というか、そういう活躍とか
その辺で拾って小姓にした者の活躍とか人間関係というか
NHKの大河ドラマの今年の"天地人"みたいな要素が多めというか。

まぁ、そんな感じですが面白いです。
posted by yu-ko at 22:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍・雑誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月05日

佐竹義宣

なんだか凄い久しぶりの更新になりました。
まぁ、見てる人もほとんどいないからいいんだろうけど。笑

今回は佐竹義宣です。義宣の父は坂東太郎、鬼義重として有名な佐竹義重。
私は佐竹はこの本を読むまでほとんど知らなかったのですが
父の義重の方はこの義宣の本でも有能だったんだろうなと思うのですが
義宣はなんだかあまり有能とは思えませんでした。

義宣は三成と昵懇で豊臣政権時代は常陸50万石ぐらいもらっていたのですが
関ヶ原の時の態度がどっちつかず、日和見順慶か!って感じです。
三成には恩があるから義を貫き西軍に味方したい、でも家臣たちは
皆徳川にと言うしもし西軍が負けたら…

三成にも家康にもどちらにもいい顔するような書状を送り佐竹は動きません。
結局は東軍の家康が勝ち、家康は曖昧な態度だった佐竹に怒り心頭。
確実に佐竹が東軍派であればサクサクッと上方に行けたものを…

そのお陰で佐竹は常陸から秋田へと移封。
更に義宣が存命中は石高を明かしてはならぬ、と。
秋田への移封については義宣の家臣である東義久と家康との会話。

家康「佐竹を潰すつもりはないが国替えを命じる予定」
義久「佐竹が上杉を抑え徳川に追い討ちをかけなかったからこそ。
佐竹家に勝る奉公はない。」
家康「されば、義久存命中は佐竹の国替えは致すまい」

こんな感じの会話があります。
義久は当時48歳、家康は60歳。順当に行けば家康が先に死ぬのですが
義久はこの直後に急死し、家康は佐竹に国替えを…

この本によると約50万石の佐竹が動員できる兵は2万程。
福島正則等の大名をひきつれ、数は家康のが優位であるとはいえ
坂東武者と呼ばれる関東の武士は勇猛で知られまた佐竹は
追い討ちが得意とされているし退く時が一番損害が大きい。
家康にとっては脅威だったんでしょうね…

もったいない事をしました。笑
そんな感じで考え方が偏っているように見え、また考えも甘く
やはり偉大な父と比べられてしまうせいかそれ程有能には見えませんでした。

しかし義宣の頃は伊達との戦いがいくつかありましたが、すぐに
秀吉により天下統一されていた事もあり割と平和な時代だった事が
成長できなかった原因なのかもしれないなぁ。と思いました。

ハッキリと有能!とは言えないもののなんだか味のある
ちょっと愚鈍なでも嫌いになれない、そんな武将かなぁ。笑
近衛龍春は佐竹義重の小説も書いているのでそちらも機会があれば
読みたいと思いました。


posted by yu-ko at 11:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍・雑誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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